関節鏡

関節鏡の歴史

関節鏡とは内視鏡の一種で、胃カメラが胃の中を覗くための物であるように、関節鏡というのは関節の中を覗くための器械です。しかし、胃カメラとの違いはいくつかあります。最たる物は、関節鏡は胃カメラのように検査室で日帰りで行うというわけにはいきにくく、手術に準じて行われることが多いです。その理由として、まず、胃であれば口から入れていけば胃に到達しますが、関節には口に相当する物がありません。ですから、どこかに切開を加えて、そこからカメラを挿入しなければいけません。そのために麻酔が必要です。また、胃には痛覚を感じる神経はそれ程たくさんありませんが、関節の周囲にはたくさんの知覚神経があります。そのため、無麻酔では痛みが強いので、基本的には手術に準じた麻酔が必要にあることが多いです。そして、何よりも、胃はいわば外界に当たりますので、雑菌に対して強い環境となっていますが、関節は基本的には無菌の領域です。また、関節軟骨には血流がないため、免疫力の弱い部分でもあります。従ってカメラ挿入などの際には、充分に清潔な操作を行わなければなりません。これも関節鏡が手術に準じて行われる理由の一つです。

そもそも、内視鏡というのはどのように発展してきたのか。痕跡としては紀元1世紀頃のポンペイの遺跡に内視鏡と思われる道具が発掘されているそうです。歴史的には1805年に、ドイツ人のBozziniと言う人が導光器と言う器具を開発し、ろうそくの光を利用して人体の内部を照らして観察したのが最初と言われています。この時は咽頭や直腸など、比較的浅い部分の観察であったようです。1853年、フランス人のDesormeauxと言う人がこれを発展させ、「内視鏡(endoscope)」という名称を使ったとされます。1868年にはドイツ人のKussmaulと言う人が初めて生体の胃を観察したそうです。この際は剣を飲み込む大道芸人を使ったそうです。これが胃カメラの始まりと言われています。また、1877年にはNitzeと言う人が膀胱鏡を考案し、1881年にはMikuliczらが硬性の胃カメラを実用化しました。その後、改良が加えられ、1932年にはドイツ人のSchindlerが軟性の胃カメラを開発しました。そして、1957年にはファイバースコープの開発に伴って、内視鏡の精度も上がり、1983年にはCCDカメラを使った電子内視鏡が開発され、画像も一段と向上しました。2002年にはハイビジョン内視鏡も開発されています。

関節鏡に関しては、1877年のNitzeの膀胱鏡以来、人体の他部位にも応用しようという試みがなされていました。 1918年、日本肢体不自由児協会の創設者でもある東京大学の高木憲次が膀胱鏡を用いて世界で初めて屍体の膝関節の中を観察しました。その後、膀胱鏡を改良し、1922年、世界初の関節鏡を創作しました。しかし、故障や操作性などにおいてまだまだ実用とはいかなかったのですが、1959年、東京逓信病院の渡辺正毅が21号関節鏡を開発し、 1962年、世界最初の鏡視下半月板部分切除に成功したのです。これが世界に注目され、関節鏡が発展し、今日に至るのです。そうです、関節鏡は日本人が開発した、世界に誇る技術なのです。

膝関節は比較的関節腔が広く、また、皮膚の直下にあるため、アクセスしやすいので、関節鏡手術の好対象となって様々な手術手技が開発され、現在ではタナ障害、半月損傷や十字靭帯再建など、膝の多くの手術は関節鏡視下に行うのが当然という風に認識されています。1980年代に入り、アメリカを中心として肩関節に対する関節鏡が盛んに行われるようになりました。当初は診断的関節鏡、すなわち、内部を観察して診断するまでがその目的でしたが、最近では反復性脱臼、関節唇損傷、腱板断裂などの治療も鏡視下に行う手技が開発されつつあります。更に現在では、肘関節、股関節、手関節、足関節などの各関節にも応用されつつありますし、腹腔鏡や胸腔鏡を用いた脊椎手術も行われるようになっています。



高木憲次:関節鏡.日整会誌14:359-441、1939.
Watanabe,M, Takeda,S, Ikeuchi,H : Atlas of Arthroscopy. Igaku Shoin, Tokyo,1957.

 目次へ

TOPページへ