頭部打撲、挫傷
頭部からの出血はそれ自体は普通のけがと変わりはありませんが、出血が多いのが特徴です。しかし、幾ら出血が多いと言っても、頭皮からの出血のみで出血多量になるようなことはほとんどありません。もし血圧変動が起こるようであれば出血によるものよりも脳損傷によるものを考える必要があります。骨折を起こすほどの力がかかっていなければ重症のことは少ないですので、まずは慌てずに圧迫止血を試みることです。「たんこぶは危ないが出血しているから大丈夫」とか言うのは迷信です。頭を打っただけなのに目の周りが腫れてきたり、鼻出血や耳出血を伴う場合には頭蓋底骨折と言って重度の外傷のことがありますので注意が必要です。
頭蓋骨骨折
頭蓋骨骨折は基本的にはレントゲンかCTで確認します。骨折そのものは手足の骨折と違い、ギプスなどで固定する必要はなく、そのまま治癒するのを待ちます。陥没骨折で脳が圧迫されているような場合には手術で元に戻します。注意が必要なこととして、骨折を起こすほどの力が頭部に加わると、同時に高頻度に脳損傷も起こっていると言うことです。骨折よりも合併損傷の方が重症度に関わってきます。
意識消失
いわゆる「気を失う」というものです。頭部外傷に伴う意識消失のパターンとしては(1)意識障害の見られないもの(2)一過性に見られるが、6時間以内に回復するもの(3)意識消失が6時間以上持続するもの(4)一時的な意識消失ののち、再度意識消失が生じるもの、の4パターンに分類できます。
(1)は特に処置を必要とすることはほとんどないようです。はっきりとした意識障害がなくても、ラグビーなどで見られる、端から見ていると少し様子がおかしい程度だが、プレーは通常通り行っている、しかし、後で聞くと本人は何も覚えていないと言うこともあります。これを「外傷性健忘」と言います。
(2)の場合、脳損傷を伴う場合がありますが、特別な治療まで必要になることは少ないようです。ここまでがいわゆる脳震盪(のうしんとう)と言われるものです。
(3)の場合、高率に脳損傷を伴います、手術的治療が必要になることがあります。脳挫傷などがこれに当たります。
(4)の場合、意識消失が速やかに改善した後、数十分から数時間(多くは2時間)以内に再度急激に意識障害が出現するもので、多くは急性硬膜外血腫によるものです。放置すると命に関わるので、緊急的に手術治療が必要です。意識が一時的に回復している時期のことを意識清明期(lucid interval)と呼びます。急性硬膜外血腫による死亡例が一時期スノーボードによる頭部外傷で多発した時期がありましたので、意識消失の再出現が見られる場合には救急車を呼んででも救急病院を受診してください。意識清明期が数分と短い場合には急性硬膜下血腫のことがあり、より重症度の高い外傷で、ボクシングなどに見られます。
意識障害の重症度判定
意識障害の指標として、よく用いられているものに「日本昏睡指標(JCS)」と「グラスゴー昏睡指標(GCS)」があります。JCSでII-20以上、GCSで10以下は強い意識障害と見なし、救急搬送し、病院で検査を受けておく必要があります。また、意識清明期の後に意識障害が進行する場合も上記のように重症のことがあるので病院へ救急搬送する。
軽度の意識障害とは「意味不明なことやつじつまの合わないことを言う」「ろれつがうまく回っていない」「何となくボーッとしている」などです。症状が進行するにつれて「暴れる」「元気がなくなる」「ぐったりする」「嘔吐を繰り返す」などの症状となり、「眠ってしまい、起こしても目を覚まさない」という意識消失となります。
意識障害と競技の続行
現場でもっとも難しい判断の一つです。下に示すガイドラインでは、意識消失がなく、脳震盪の諸症状(吐き気、目の焦点が合わない、反応が遅れる、集中力低下(ボーッとしている)、発語不明瞭、ふらつき、記憶障害、見当識障害(日付や場所が言えない)、手足の脱力など)が15分以内にすべて消失すれば競技復帰可能とされています。短時間(数秒)でも意識消失がある場合(上記のように救急搬送するほどではないレベルのもの)は退場し、当日の競技復帰は出来ません。また、アメリカ神経学会が提唱した脳震盪判定基準は現場での競技続行に対する評価が専門的知識がなくても出来るという点で高い評価を得ています。
脳震盪について
上述のように、脳震盪は基本的には心配のないことが多いのですが、いくつかの注意点があります。まず、セカンドインパクト症候群と呼ばれるものです。これは一度目の脳震盪が軽いものであっても、2度目の頭部打撲が致命的な重度の外傷になることがあると言われています。また、パンチドランカーとして知られているように、一回の衝撃では脳に損傷を与えるようなものではなくても、これを繰り返すことによりダメージが蓄積されるというものもあります。頭部外傷は決して軽視することなく対応する必要があります。
脳震盪の症状
頭痛、吐き気、嘔吐、立ちくらみ、耳鳴り、めまい
失見当識、状況認識が出来ない
目の焦点が合わない、ものが二重に見える
大きな音や明るい光にたえられない
言語、行動、指示に対する反応遅延
集中力低下、注意力散漫、ボーッとしている
発語不明瞭、意味不明な発言
協調運動障害、歩行不安定
手足の脱力
|
頭部外傷対処法ガイドライン
日本アメリカンフットボール医科学委員会(1998)
重症度 | 分類 | 管理法 |
Grade1 | 一時的な意識不鮮明 意識消失はない 脳震盪の諸症状は15分以内にすべて消失 | 競技から退場 5分ごとの症状チェック すべての症状が消失すれば復帰可能 もう一度Grade1の脳震盪を起こせばその日のプレーは中止し、Grade2に準じる。 |
Grade2 | 一時的な意識不鮮明 意識消失はない 脳震盪のいずれかの症状が15分以上持続 | 競技から退場 5分ごとの症状チェック 1週間の無症状期間を確認の後、練習復帰 同日2度目の脳震盪であれば練習復帰のための無症状期間は2週間必要 翌日専門医の受診が必要 異常所見があれば当該シーズンはプレー禁止 |
Grade3 | (秒単位でも)意識消失の存在 | 競技から退場 1分以上の意識消失があれば救急搬送 意識が回復しても意識障害が改善しない或いは悪化する場合には救急搬送 少なくとも翌日には専門医の受診が必要 秒単位の意識消失があり、完全に回復すれば、1週間の無症状期間の後、練習復帰可能 分単位の意識消失があり、検査で異常がなければ、2週間の無症状期間の後、練習復帰可能 検査で異常があれば当該シーズンのプレー禁止または競技そのものの中断 |
サイドラインでの脳震盪の評価
アメリカ神経学会(1997)
神経機能テスト |
見当識 | 時間、場所、人の認識が出来て周囲の状況が言える |
集中力 | (1)数字の逆唱(3桁、4桁、5桁) (2)月の名称の逆唱(December, November..., January) |
記憶 | (1)前の試合のチーム名(複数)が言える (2)3つの単語、3つの物品名をそれぞれ0分後、5分後に想起出来る (3)最近の大きなニュースを言える(複数) (4)試合の詳細(試合の内容、動き、戦術など)を言える |
身体機能テスト (異常所見の誘発を前提) |
40ヤード走 | 左記の運動にて頭痛、めまい、嘔気、ふらつき、羞明、 目のかすみ、複視、不安定な感情表現、精神機能の異常など いずれが見られても異常とする |
腕立て伏せ・5回 |
腹筋運動・5回 |
膝屈伸運動・5回 |
神経学的テスト |
瞳孔 | 正円同大で対光反射も速やか |
協調運動 | 指鼻試験、つぎ足歩行が出来る |
感覚 | 指鼻試験(閉眼)、ロンベルグ試験が正常 |